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ハンガリー旅行で訪れたら行ってみたい場所は英雄広場
英雄広場の歴史について
ペストの中心部、デアーク・フェレンツ通りから、まっすぐ延びるアンドラーシ通りで全長2.3キロメートルの大通りは英雄広場で終わります。広大な広場の中央に高いポールが立ち、その両側に半円を描いて大列柱が並んでいます。
ここは1896年に、ハンガリー建国1000年を記念して建設された広場です。3月15日はここで首相の演説が毎年行われます。大列柱の左半分には初代国王イシュトヴァーン、ブダ城を建設したべーラ四世、アカデミックなマーチャーシュ王などハンガリーの国王たちが、右半分にはラーコーツィ・フェッレンツ、コシュート・ラヨシュなどハンガリーの政治家や将軍たちが立ち並んでいます。どれもハンガリーの歴史を語るに欠かせない重要な人物たちです。
中央ポールを7人の騎馬像がとり囲んでいます。正面の騎馬像はマジャル民族の部族長の一人アルパードです。昔マジャール民族は、ウラル山脈の麓に住んでいました。そこから西へ移動して、現在のハンガリーに辿り着いたのですが、896年に他の6人の部族長たちをとりまとめてマジャール族をカルパチア盆地まで導いたのがアルパードでした。その彼の曾孫が初代ハンガリー国王となったイシュトヴァーンとなりました。
ハンガリーがキリスト教国になった理由
36メートルのポールの上に立つのは大天使ガブリエルです。言い伝えによると、西暦1000年のクリスマスの日にガブリエルがローマ法王ジルベステル二世の前に現れてあることを告げました。それはハンガリー王のイシュトヴァーンをキリスト教国の王として認めるようにとの内容でした。ローマ法王はお告げを受け入れ、ここにキリスト教国としてのハンガリー王国が誕生しました。
ガブリエルは右手にハンガリーの王冠を、左手に二重の十字架を掲げています。二重の十字架は、イシュトヴァーンがハンガリー国王として政治を司ること、同時にキリスト教布教の聖職者の役割も果たすことを意味しています。イシュトヴァーンは、略奪を繰り返すようではマジャル民族に未来はない、と確信してキリスト教に改宗したのでした。
このように英雄広場には、ハンガリーの歴史が刻まれているため、
重要なハンガリーの観光地となっています。
最寄駅:地下鉄1号線 Hősök tere
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